「形をとらえる力は、算数や漢字にもつながる」と聞くと、家庭で何をすればよいのかまで知りたくなります。ただ、研究が調べたのは視覚空間能力と学びの関連であって、点描写プリントそのものの効果ではありません。この一線を曖昧にせず、研究が実際に調べた人・課題・結果の順に見ていきます。

結論(要点)

根拠: 本文の各章と参考文献 [1]〜[6]。

視覚空間能力とは

視覚空間能力(visual-spatial ability)は、形や位置、空間の関係を目でとらえ、頭の中で保持したり動かしたりする力の総称です。心理学の標準的な定義では、地図や迷路の理解、異なる視点から対象をとらえること、図形の操作などが含まれます[1]

視空間能力は、地図や迷路の理解、異なる視点からの対象の把握、図形の操作などを含む。— APA 心理学辞典の定義の要旨 [1]

TENZU 訳

形の向き・位置・大きさをとらえる力。TENZU ではそう訳しています。
子どもの机の上でいえば、図形を写す・鏡にうつす・回す・立体をながめる、の力です。

ポイントは、「見える」だけではないことです。目で受け取った形を頭に残す。別の向きから考える。手を動かして紙に表す。身近な一つの場面にも、いくつかの働きが重なっています。

木の積み木で作った形と、子どもが紙に描きかけた不完全な図を見比べる様子
FIG. 01見た形が、そのまま上手に描けるとは限りません。形をとらえ、頭に保ち、紙の上に表すまでには、いくつもの働きがあります。

研究ごとに、測っている力は違う

この記事で扱う研究には、似た言葉がいくつも登場します。

これらは重なりますが、同じではありません。ある研究が「視覚空間記憶」と算数の関係を示しても、その結果を視覚空間能力のすべてへ広げることはできません。以下では、各研究が実際に測った力の名前をなるべく保って読みます。

なお、教育心理学では「空間認知」という用語も使われます。本記事では研究の文脈に合わせて「視覚空間能力」を主に使いますが、TENZU のサイト全体では同じ力を「空間認知(=形の向き・位置・大きさをとらえる力)」と呼んでいます。用語の使い分けそのものが気になる方は、家庭で育てる図形と空間認知 Q&Aに整理があります。

算数との関連 — いちばん厚いのは「関連」の研究

算数については、視覚空間スキルとの関連をまとめたメタ分析があります。45本の論文を統合した結果は、両者に中程度の正の関連(r = .36)があるというものでした[3]。流動性推理や言語能力の影響を考慮しても、視覚空間スキルと算数には固有の関連が残ったと報告されています。

もう一つは、子どもの変化を追った縦断研究です。米国の子ども177人を幼稚園から小5まで追い、小1と小5でワーキングメモリを測定しました。小1から小5にかけて視覚空間記憶が大きく伸びた子ほど、小5終了時の算数成績が高い傾向がありました。小1時点の能力、知能、授業中の注意行動、処理速度などを考慮した後にも関連が残っています[4]

ただし、どちらも「視覚空間の練習をさせた群」と「させなかった群」を比べた実験ではありません。見えているのは、力どうしが一緒に現れたり伸びたりする関係です。点描写を何枚すれば算数がどれだけ伸びるかは、この研究からはわかりません。

漢字との関連 — 字形を見分け、線の配置として書く

漢字を書くには、読みや意味を思い出すだけでなく、字形を紙の上に組み立てる必要があります。たとえば「休」なら、にんべんと「木」を左右に置きます。「草」なら、上下の部分を一文字の中に収めます。同じ線がそろっていても、向き・長さ・交わる位置・部分どうしの間隔が変われば、別の字に見えたり、字形が崩れたりします。

この書字過程を整理した大伴(2009)は、漢字を書くまでに、文字形態の視覚的認知、意味や読みと字形を結びつける学習、字形の想起、運筆の企画、運筆の実行など、複数の過程があるとしています[2]。立方体の再生・模写が直接扱うのは、そのすべてではありません。主に、見た形をとらえること、どの線をどう配置するか計画すること、実際に線を引くことです。

研究では、小学1〜3年生301人に立方体の再生・模写課題を行い、そのうち87人には「木」「田」「早」のような比較的単純な漢字と、「休」「町」「草」のように複数の部分からなる漢字の書き取りも実施しました[2]。ここで大切なのは、漢字を「図形だけの問題」にしないことです。読み、意味、記憶、運筆などが重なる中に、字形と配置を扱う視覚空間的な過程も含まれる、という位置づけです。

立体を描き表す力 — 8〜9歳は「締め切り」ではない

立方体を紙に描き表す力は、一度に完成するものではありません。大伴(2009)の小学1〜3年生301人の調査では、見本を記憶して描く課題、見取り図を見ながら写す課題、透視図を見ながら写す課題を分け、面のつながりや線の向きまで採点しました[2]。正面の四角は描けても奥行きの線が足りない、面どうしがうまくつながらないといった描き方も、発達の途中にある反応として扱っています。

別の日本の研究は、5〜18歳の37人を対象に、立方体の透視図(見取り図)を模写した得点が8歳から9歳にかけて有意に上がることを報告しました。また、どの線から引くかを組み立てる構成能力と、線を引く運筆能力が、得点を統計上予測しました[5]

この結果は「9歳なら全員描ける」「8歳で描けなければ遅い」という境界ではありません。人数の限られた一つの研究で見えた、年齢群としての変化です。低学年で立方体をうまく描けないとき、急いで能力を判定する材料ではなく、立体を紙に表すこと自体に発達の段階があると知る材料になります。

机の上の木の立方体を見ながら、奥行きの線がずれた不完全な立方体を紙に描いている子ども
FIG. 02正面の四角は描けても、奥行きの線や面のつながりはまだ難しい。そうした途中段階も自然です。

描き方の実践は、見取り図の描き方に分けてあります。

研究がまだ答えていないこと

ここまでの6文献を並べると、空白も見えてきます。少なくとも、この記事で参照している資料だけでは次の問いに答えられません。

「研究がない」と網羅的に断定するのではなく、ここで使っている根拠からは言えないと線を引きます。新しい研究が加われば、その線も更新します。

点描写はどこに位置づくか

コグトレは、認知面から子どもを支えるための実践的なトレーニング体系で、紙と鉛筆を使う課題を含みます[6]。これは、学校や支援の現場で「写す」練習が使われてきた位置づけを知る資料です。一方、書籍そのものは、点描写の効果を対照群と比べた学術研究ではありません。

TENZU が点描写を選ぶ理由は、見本を見る、形を頭に保つ、点の位置へ置き換える、線を引く、見本と見比べる、という一連の動きが、視覚空間能力の構成要素と重なるからです。ここは研究からの直接結論ではなく、課題の構造に基づくTENZUの判断です。

研究が示す範囲の外は約束しない。その代わり、なぜこの練習を選び、どこから先はまだ言えないのかまで公開する。この記事は、その境界線を置くためのページです。家庭での実践へ進む方は、形を見て、写す力からへどうぞ。

よくある質問

視覚空間能力は生まれつきのものですか?

個人差はありますが、固定された一枚岩の力ではありません。小1から小5にかけて視覚空間記憶が伸びることや、立方体模写の得点が年齢群で変化することは報告されています[4][5]。ただし、この記事の研究だけで「どの練習をすれば、どれだけ伸びる」とまでは言えません。

点描写をすれば、算数や漢字が伸びますか?

直接そう示した研究は、この記事の参照文献にはありません。視覚空間スキルと算数には関連が報告され、漢字を書く過程には字形の視覚的認知や線の配置を企画する働きが含まれます。しかし、どちらも点描写の因果的な効果とは別です。TENZU では、見て考えて書く経験を積む練習の一つとして位置づけています。

立方体は9歳までに描けないといけませんか?

いいえ。8歳から9歳にかけて得点が上がったという結果は、37人の年齢群を比べた研究上の傾向です。個々の子どもの締め切りではありません。描きやすい面から始める方法は、見取り図の描き方で紹介しています。

家庭では何をすればいいですか?

この記事は研究の整理に徹しています。課題から逆引きするなら形を見て、写す力から、点描写で使う力から入るなら点描写で育つ「形の向き・位置・大きさをとらえる力」が入口です。

参考文献

  1. APA Dictionary of Psychology: visual-spatial ability.(dictionary.apa.org
  2. 大伴潔. 視空間課題としての立方体模写の発達的検討 — 漢字書字との比較. 東京学芸大学教育実践研究支援センター紀要, 5, 105-112, 2009.(東京学芸大学リポジトリ
  3. Atit, K., et al. Examining the relations between spatial skills and mathematical performance: A meta-analysis. Psychonomic Bulletin & Review, 29, 699–720, 2022.(Springer
  4. Li, Y., & Geary, D. C. Developmental Gains in Visuospatial Memory Predict Gains in Mathematics Achievement. PLOS ONE, 8(7), e70160, 2013.(PLOS ONE
  5. 後藤多可志・石井利奈・春原則子. 立方体透視図模写に関する検討 — 発達的変化と課題遂行に関与する認知機能. 高次脳機能研究, 36(4), 470-475, 2016.(J-STAGE
  6. 『1日5分!教室で使えるコグトレ』東洋館出版社.(公式